皆さん『トリリオンゲーム』(原作:稲垣理一郎 作画:池上遼一)はもう読みましたか? 2023年7月からドラマも始まっているこの作品は、「次にくるマンガ大賞2021」「マンガ大賞2022」の上位に名を連ね話題になりました。
現代を舞台にした破天荒なマネーゲームで、相手を出し抜く奇抜なアイディアに、毎週とても感心させられるこのお話。そんな中、Wi-Fiに携わる者として、見逃せないポイントがあったんです。
それは、ドラマの第一話、コミックスの第一巻に相当する部分です。簡単にあらすじを説明しますね。
主人公のハルとガクは、資金集めの策の一つとして「セキュリティチャンピオンシップ」という大会に出場する。この大会は、出場者がパソコンを用い、大会側がわざと脆弱性を持たせたサーバーをクラッキングしてポイントを集めるというゲームで競い合うもの。心配するガクをよそに、ハルには何か秘策があるようだが......。
詳しい背景は、こちら公式サイトのあらすじをご覧ください。
ぜひ原作やドラマをご覧いただきたいのですが、私が注目したのはこのシーンです。
大会のさなか、主人公のハルはあろうことに、アルミニウムの粉末を会場に振りまきます。その目的はなんと「会場の無線通信に電波障害を故意に起こし妨害するため」。ド迫力でワクワクするシーンですが、果たしてそんなことが本当に可能なのでしょうか?
そこで今回は、電波のプロ「内神田博士」を招いて、このシーンを含めたいくつかのポイントについて検証してみたいと思います。
- 振りまいたアルミの粉末で電波障害は起こせる?
- なりすましWi-FiのSSIDを、本物より上に表示できる?
- なりすましWi-Fiを使っているPCに一斉攻撃はできるの?
- プロの考える「大会を勝ち抜くプランB」は?
- 結論:トリリオンゲームは破天荒ながら事実に基づいている快作
振りまいたアルミの粉末で電波障害は起こせる?
アルミを使った静電遮蔽は実際に使われている技術じゃが、あの粉で実現するのは至難の業かもしれん。
確かに、アルミなどの金属は電波を反射して通しません。Wi-Fiの電波にとって邪魔な存在なことは確かなんですが、それはまるっと包んだり、隙間を計算して配置した時のことです。こちらは以前編集部でも実験したことがあります。
関連記事:アルミホイルでWi-Fiの電波は強くなるのか、実験してみた! プロの解説付き
https://www.ntt-bp.net/column/blog/2021/11/post-54.html
空中に舞う程度の小さな欠片では、電波を遮る「シールド効果」はほとんど望めないと言っても良いでしょう。ただ、通信が遅くなるなどの症状が出てしまうことは充分ありえるようです。
どうすれば実現できる?
アルミではなく鉄粉を、視界が悪くなるほどの濃度で撒けば実現できる可能性があるぞ。
豪快なハルのことですから、漫画やドラマの描写よりはるかに大量の粉を撒いたのかもしれません。もしそうであれば、相当高い濃度が必要になりますが、電波障害を引き起こすことができるのだそうです。ただ、その場合は「電波」より先に「人体」や「機器」に影響が出てしまうかも......。
なりすましWi-FiのSSIDを、本物より上に表示できる?
他にも気になるシーンがあります。作中でハルとガクは、大会に使うものとは別のルーターを用意します。ここで会場のWi-Fiそっくりの、いわゆる「なりすましWi-Fi」を作り他の参加者に繋がせ、パスワード等の情報を奪いとるのですが......。
そんなふうに引っかかってくれるでしょうか? 少なくとも、なりすましWi-FiのSSIDが本物より上に表示されていないと繋いでくれないような気がします。そんなことって本当にできるんでしょうか?
表示のルールは端末次第なものの、ほとんどは電波の強いものが上に表示される仕組みなんじゃ。充分可能じゃよ。
会場に置かれたものを上回る、強力な電波を飛ばすルーターを設置すれば「なりすましWi-Fi」をより上位に表示できる可能性は高いです。より確実さを狙うなら、強めの捨て電波を複数飛ばし、本来のSSIDが一覧の上部に載らないようにすると良いかもしれません。
参加者はなりすましWi-Fiにどうすれば気付けたの?
BSSIDを見れば見分けることは簡単じゃ。専用アプリなどを使えば確認することができるぞ。
なりすましWi-Fiと言っても、本物となにもかも同じになりすませるわけではありません。例えば、無線ネットワークにはもう一つ、BSSIDという識別子があります。こちらは基本的には任意のものに変更することはできません。このBSSIDさえ確認していれば、参加者も引っかかることはなかったかもしれませんね。
なりすましWi-Fiを使っているPCに一斉攻撃はできるの?
次のシーンをみてください。まんまとライバルたちを「なりすましWi-Fi」に接続させることに成功したあと、ガクがこのように言っています。
「僕らの用意したルーターん中通ってくれたら、パスワードなんか盗み放題!」とこう言っていますね。このシーンでは頼もしい限りなんですが、本当にそう言いきれるのでしょうか?
ネットワークを用意した者にその意思があるなら、HTTP、HTTPSに関わらず通信内容を知ることは簡単じゃ。できると言って良いじゃろう。
作中では「なりすましWi-Fi」に、さらにHTTPSを受け付けない設定をほどこしていますが、ひとたび入ってしまえば、HTTPS以外のさまざまな種類の通信内容はすべて筒抜けになります。作中のように特にセキュリティに関する知識と経験豊富な人ならば、そこからパスワードを見つけ出したり、通信内容を把握したりすることも簡単なのかもしれませんね。
なお、そもそも暗号化されていないHTTPの通信であれば、なりすましWi-Fiなど仕掛けなくとも、見ようと思えば誰でも見られるものです。日ごろから、HTTP通信のWEBサイトやアプリの利用は気を付けましょう。
関連記事:フリーWi-Fiって危険じゃないの? 安全に使うには
https://www.ntt-bp.net/column/blog/2020/11/wi-fiwi-fi-3.html
プロの考える「大会を勝ち抜くプランB」は?
ご覧いただいたように、「トリリオンゲーム」は突飛な展開ながら、解決策には現実的なプランが用意されているのがわかります。とは言え、彼らは非常に優れたアイディアと知性を持っていますが、Wi-Fiのプロではありません。
ではもし、Wi-Fiのプロがこの大会でおなじように誰かを出し抜こうと考えたとしたら......? 一体、どうなるのでしょうか。
もちろん、私たちは真っ当な企業ですから、本来そのようなことを考えること自体不自然なのですが......おや......? 内神田博士の様子が......?
ほぉ、電波妨害か。ならいい方法があるぞい。
なんということでしょう! 目を離した隙に、内神田博士が裏神田博士に......ですが、せっかくの機会です。この際ですから聞いてみましょう!
アルミの粉末より効果的!? な電波妨害方法
アルミを撒くまでもない、もっと簡単な方法があるぞ。それはチャネルを潰すことじゃ。
私たちがアクセスポイントを使うとき、「チャネル」と呼ばれる道路を確保し、そこを使って電波を送受信しています。裏神田博士は、その会場のアクセスポイントの「チャネル」をすべて使ってしまおうと考えているようです。
わざわざ同じSSIDにすることはなく、大会のアクセスポイントと同じチャネル設定の持ち込みルーターにスマホをたくさん繋がせたり、通信トラフィック量の高いページ(スピードテスト)をわざと何度も見たりするなど、チャネルをつぶすことなど苦労せんぞ。やってることは、ただ余分に接続するだけで違法性のある行為ですらないうえ、これには実質防止策はないんじゃ。逆に言えば、普段から気にかけてチャネル設計しなければならんと言うことじゃな。
さすが裏神田博士。電波を邪魔するには電波、というわけですね。ちなみに、他に方法はないのでしょうか?
他にも、シグナルジェネレーターと呼ばれる電磁波発生装置を使う手も考えられる。意図的に連続で発生させた電磁波を空中に出してWi-Fiのチャネルを埋め、他のauto機能で動いているアクセスポイントの空いたところを自分が使うというわけじゃ。これはれっきとした電波法違反だけどな!
だそうです。皆さん、当たり前ですがこれは思考実験です。絶対に真似してはいけませんよ。
結論:トリリオンゲームは破天荒ながら事実に基づいている快作
実はこちらの記事を書くにあたり、編集部と技術者でドラマや漫画を見て、議論をしたんです。ただぶっ飛んでるだけの根拠のない話では、ここまで真剣な議論はできなかったでしょう。大胆だけれど、細部はしっかり作り込まれている......そんな作品で、話題となるのも頷ける面白さでした。
ドラマは絶賛放送中、コミックスは2023年9月現在、7巻まで発売されています。今回ご紹介したシーン以外にも、アイディアに満ちた、爽快感あふれる冒険が繰り広げられますよ。ぜひ、手にとってみてくださいね。
トリリオンゲーム 1 | 稲垣理一郎 池上遼一 | 【試し読みあり】 – 小学館コミック
金曜ドラマ『トリリオンゲーム』|TBSテレビ